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白金高輪硫酸事件 距離感を読めない人のほんとの気持ち

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白金高輪駅での硫酸事件について、容疑者花森弘卓(はなもりひろたか)氏の過去が知人から明らかにされている。

ヲタクで距離感の読めない人として捉えられてもいるが、そこには現代人の抱える自己肯定感や承認欲求の問題が見える。

目次

白金高輪硫酸事件

事件内容

  • 日時:2021年8月24日21時
  • 場所白金高輪駅構内エスカレーター
  • 容疑者:花森弘卓(はなもりひろたか)、静岡大学農学部、25歳
  • 事件内容:容疑者の知人男性がエスカレーターで追い抜きざまに硫酸を顔にかけられる。被害者は顔を中心にやけど。全治6か月。近くにいた女性にもやけど

 

事件動機

花森容疑者と被害者男性との間には以前からトラブルがあった。

 

花森弘卓氏は高校時に一度留年しており(理由は不明)、19歳で琉球大学農学部に入学。

大学入学後両親が他界したこともあり、4年生時に特例として静岡大学へ転入となっている。(2年前から静岡ということになる)

被害者の男性は、琉球大学時代の後輩で何度かトラブルがあった。

  • 被害者の琉球大学時代サークルでのタメ口
  • 2020年9月花森氏が「泊りにいっていいか」としつこくラインし、被害者はブロックする
  • 花森氏は態度を改めろと手紙を送る
  • 7月に路上で花森氏が被害者に突然声をかける。被害者は謝罪。

 

花森容疑者を幼少期から知る人は「おとなしい性格」、この2年ほど花森容疑者が行きつけだった喫茶店の方は「優しい子」と話している。

花森容疑者は、高校での留年や両親の他界という痛みを知っている。
後輩とのトラブルは小さな痛みであるはずだ。

つまり「優しい」からこそ、小さなことに怒ってしまった自分を許せなかったのではないだろうか。トラウマとなってしまったのではないだろうか。

  

 

一方、花森容疑者の人との距離感が上手く取れない様子はこれまでにもあったらしい。

距離感を読めなかったのか?

花森容疑者について、文春オンラインに4つのコラムが掲載されている。

bunshun.jp

書かれているエピソードを少しまとめる。

①行きつけの喫茶店(ここ2年)

  • 茶店に月に2回ほど、昼間にいつも一人で来ていた
  • 茶店アメリカの友人からもらったコーヒー豆をプレゼント
  • 茶店来ないで彼女作りなよと言われ、『いやー彼女作るのは無理だと思う。僕の彼女は宇宙人しかいないかな』
  • 将来研究員や教授になるために勉強を頑張っていると将来の夢を語る

②高校時

  • 高校1年で留年したが下の学年に馴染んでいた
  • いじられキャラ。面白いやつ
  • 高校3年時に生徒会に立候補した際には周りも驚いた
  • 昆虫好きで自分の育てたカブトムシ、クワガタを売っていた
  • 女の子には奥手
  • 文化祭で一人でヲタ芸

③予備校にて

  • 予備校にて他校のB子さんに好意を寄せる。B子さんは黒髪清楚なお嬢様系の子
  • B子さんは巨漢と無精ひげから「クマ」と呼ばれていた
  • 花森容疑者はB子さんと同じ静岡大を目指す(センター試験結果であきらめた)
  • B子が喉が痛いというと、『自分は医者家系だ』と東洋医学のウンチクを披露
  • 複数人で話していても、B子以外の質問には答えないことも
  • B子さんがナンパにあったことから、予備校帰りの巡回やお店で影から見守るなど
  • B子さんの誕生日に赤い薔薇の花とヤドカリのつがいをプレゼント

花森容疑者は外からみれば「距離感の読めない」人である。

 

人との距離感に悩む人は現代多くいる。

ただ、こうした花森容疑者のエピソードを見ていると、やはり誰かに認めてもらいたかった人ではないだろうか。

欲しかったのは自己肯定感・効力感

花森容疑者は「距離感が読めない」のではなく、誰かから認めてもらおうとする中で「距離感の読めない人」になってしまっている

茶店に通い、高校では「面白い奴」になろうとする。
予備校のB子さんに対しても付き合うではなく、役に立つことを目指している。
将来も人の役に立つ仕事をしようと悩み考えている。

自分で心をオープンにし、声に出すことはできないが、何より自分を周りに肯定してもらいたがっている。自分が周りに役立っていると感じたがっている。

もし花森容疑者を救えたとするなら、花森容疑者のほんとの気持ち、心のもやもやに気づき、優しく声をかける人の存在だろう。

茶店の人が「喫茶店来ないで彼女作りなよ」ではなく、「いつも来てくれて嬉しい、ありがとう」「また来てね」という言葉が欲しかったのだろう。

高校時代に「一緒にヲタ芸やろう」「何かお前と似たもの感じる」「お前のおかげで助かってる」と言い寄れる人がいれば救われていたかもしれない。

そして、それに一番近い存在と花森容疑者が感じていたのは、おそらくB子さんだろう。

 

被害者の男性にも恨みから、打ちのめさせたかったのではなく、自分から「すみませでした」と言って欲しかった、自分を気にかけてほしかった。

誰かに認められたいからこそ、硫酸をかけた後もしばらく逃げようとした。逃げる準備をしていた。気に留められたかった。

コミュニケーションに承認を求める人たち

2016年には斎藤環さんの精神医学書の本では、現代人は承認欲求が大きくなり、コミュニケーションを通して肯定されることで、欲求を満たそうとする人が溢れていることが記された。

人とコミュニケーションができ、その中で自分が必要な存在だと感じれなければ生きにくい。そんな時代に10代を過ごした若者たちが今大人となり、戦っている。

 

(後述、コミュ障について記事を作りました🙇‍♂️)

magazineishida.hatenablog.com